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 毎年おひな祭りの3月3日の「桃の節句」に、南魚沼市浦佐で行われる裸押し合い祭りは、日本三大奇祭の一つといわれ、今から約1,200年前、将軍坂上田村麻呂がこの地に御堂を建て守護物の毘沙門天を祀って、その将士や村長、村人と共に国家安泰、五穀豊穣、家内安全身体健康を祈り祝宴の中で歌い踊って士気を鼓舞したことに起因するものと推察されている。毘沙門天御本尊を開帳して行う押合祭に遠くから峠を越え三日三晩がけで参拝する信者で賑わった。信者は水行(みずごり)をして身を清めその年の除災招福を祈願しようと押合いもみ合い本尊に参前する。これが現在の押合祭となり盛大に厳粛に行われている。
 「サンヨ、サンヨ」のかけ声の中、五穀豊穣、家内安全を願い裸の男衆がご利益ある「札」を奪い合う厳粛かつ勇壮な祭り。 
 年1回、御堂の唐戸を開き御本尊様の御簾を開帳して行われる行事に、毘沙門天を信仰する人が各地から集まり賑わいと混雑を極めた。その多くの信者が他の人より早く参拝しようと、もみ合い押し合うその暑さと、年頭にその除災招福を願う心から水浴後参前する。これらのことが交じり合って次第に裸になるものが増えいつの頃か全員裸でご本尊様に額ずく様になり今の押し合い祭りに受け継がれている。